テレビ番組の制作を中心に映像制作を行うプロ集団 株式会社スローハンド。

人を撮る会社です

News

アナザーストーリーズ
「山口組対一和会〜史上最大の抗争〜」

  • 3月4日(水)NHK BS 21:00~放送
    1985年1月26日、山口組四代目・竹中正久組長が射殺された。これにより前年から始まっていた山口組と一和会の対立、通称「山一抗争」は一気にヒートアップした。あの時、何が起きていたのか?独自に入手した警察の極秘資料や竹中組長の殺害計画を記した文書と当事者の証言で解き明かす。元組員の後悔とは?そして大阪名物の夕刊紙記者や山口組の元顧問弁護士が見たヤクザの素顔とは?史上最大の抗争の知られざる真実に迫る。

    番組HP

    担当Dから見どころ紹介
    それは2016年の暮れのことだった。弊社スローハンドの『アナザーストリーズ』のスタッフがなんとなく集まり、「そろそろ来年度の企画を出さないとねー」「新年度の一発目はやっぱ刺激的なネタを探したいよねー」などと言い合いながら、新聞社が年毎の出来事や事件をまとめた写真年鑑(ネタ探しの必須アイテム)をパラパラとながめていた。番組が始まって以来、擦り切れるほどページをめくってきたため、目ぼしい出来事の多くがすでに番組化されたものや企画が却下されたものばかりだったが、その日はなぜか1984年版の冒頭を飾る事件が、後光が差さんばかりの眩さで目に飛び込んできた。それが「史上最大の暴力団抗争、山一抗争」だった。

    筆者は映画「仁義なき戦い」に熱狂した世代。これまでよもや見落としていたはずはないが、「どうせ無理だよなぁ」と情けないが端から諦めていたのだろう。とはいえ、やっぱり「これ、証言者を探し出すとなれば当然、ヤクザ屋さんだよな。怖いし、無理、無理…」と腰が引けていた。ところがだ。当時の担当CPでマッチョマンのK氏と雑談する機会があったため、軽く提案してみると「面白いじゃないですか!行ってみよう!」と証言者が見つかるかどうかもわからない段階で、体育会系ノリの即決即断。「なんとかなりますよ!」といつもの根拠がなくても確信に満ちた声で励まされ、身から出た錆というか、吐いた唾は飲めないの理でやるしかなくなった。


    山一抗争の概要はこうだ。

    現在も全国に勢力を広げる暴力団・山口組の四代目に竹中正久(元若頭)が選ばれたことに端を発し、反旗を翻して結成された一和会との間で1984年に抗争が始まり、同年1月26日、“運命の分岐点”が訪れる。配下の親分2人を伴い、愛人宅を訪れた竹中らが一和会のヒットマンから銃撃を受け、3人とも死亡した。抗争は激化。裏社会には拳銃が溢れ、街中で発砲事件が頻発する、まさに血を血で洗う戦いとなった抗争は1989年までの5年にわたって続き、死者29人、逮捕者およそ560人にのぼった。

    そんな事件をさてどうするか。番組はご存知の通り、三つの視点からあらためて紐解き、それが日本人や社会にとってどんな意味があったのかを問いかけていくという形式だ。最初のハードルが証言者探し。しかも山一抗争を取り上げるとなれば、第一の視点を担う証言者は、抗争の渦中にいた人間、つまり当時のヤクザしかいない。さらに殺害された竹中正久をよく知る人物が望ましい。頭を抱えた。…が、八方塞がりの状況のとき、昭和世代のディレクターにはとりあえず向かう場所がある。雑誌の図書館「大宅文庫」だ。目当てがあった。抗争が始まった1984年に出版された雑誌『FRIDAY』。当時、大きな事件が起きるとスキャンダラスな写真を掲載し、バカ売れしていた雑誌だ。出庫してもらい、ページを開くと、やっぱりあった! コレ、コレ! 竹中の葬儀を激写した一枚には、仁義なき戦いそのままに黒い背広に身を包んだいかめしい男たちが居並んでいる。この誰かに接触して取材できれば番組になると少し前向きな気持ちになってきた。すると、ここから小さな奇跡が連続して起きることになる。以前アナザーストーリーズで「写真誌の時代」をテーマに番組を作ったフリーのディレクターがフライデーのカメラマンの連絡先を知っていて、そのカメラマンに連絡してみると、まさにあの葬儀の写真を撮影した本人だったのだ。さらに葬儀の出棺の際、レンズを睨みながら手を合わせている人物の連絡先も知っていたのだ。それが竹中の子分のひとり、小林昭さん。


    語ってくれた竹中の日常は、「山口組四代目」という肩書きから想像される豪奢な暮らしのヤクザ像とは正反対で、「ヤクザに家族は無用と、妻子も持たなかった」というものだった。(その他の竹中のあまりに意外な人物像や抗争によって転落を余儀なくされた小林さんの人生の顛末は番組でどうぞ!)

    一方、これぞヤクザともいうべき竹中の暴力性を語ってくれたのが、様々なツテをたどり、出会うことになった飛松五男さん。当時兵庫県警機動捜査係の刑事として竹中組の取り締まりにあたっていた飛松さんが語る竹中の猛々しさは聞きしに勝るものだった。


    「竹中はとにかく暴力的。自分はヤクザなんだから警察は敵と。捜査令状があっても拒否する」

    警察は敵視する態度がどれほど徹底したものであったか。これまでほとんど公開されたことのない、兵庫県警がまとめた極秘資料『竹中組の本性』にはこうあった。

    「警察官とは絶対に口をきくな。仲間のことはしゃべるな。事件のことを警察にしゃべった者は…片腕を切り落とす」

    番組では、実はこの暴力性こそが抗争の火種であり、「ヤクザとは何か?」を問うものであったことが明らかになっていく。そして銃撃の瞬間まで、警察の極秘資料をもとに詳らかにしていく。

    因みに、山口組本家の外観撮影を行った当日、筆者は東京で別の仕事があったため、撮影はカメラマンのT君にお願いしたのだが、その際、撮影をしている姿が監視カメラに映っていたらしく、飛び出してきた組員にT君がかなりどやされたらしい。T君、本当にごめんなさい!

    続いて第二の視点。これに関しては提案当初から方向性がぼんやり見えていた。筆者は大学時代にプロレスに夢中になっており、プロレス記事(当時はあの第一次UWFが誕生したばかり)を詳細かつ大げさに報じる新聞、東京スポーツ(略して東スポ)を日々熟読していた。その東スポがプロレスを差し置いて、禍々しい一面に据えていたのが、山一抗争関連の写真と記事。その記者たちを取材すれば面白いものになる予感があったのだ。

    早速調べてみると、当時関西では夕刊紙文化が花盛りで、いくつもの新聞が競って山一抗争ネタで勝負していたことがわかった。地下街には、売れ行きを伸ばすための壁新聞も張り出され、黒山の人だかりだったらしい。そんな読者たちの購買意欲を掻き立てる記事を書くために取材に奔走したひとりが、当時夕刊フジの記者だった鳥井洋介さん。元々は映画情報を書きたくて記者になったのだが、「(ヤクザ取材も)これはこれで独特の緊張感があって、たぶんはまっちゃったんですよね」と笑う。


    そうしてものにした記事が竹中が銃撃された際に訪れていた愛人の話。写真に添えた記事は、「極道に妻子はいらぬ」が口ぐせだった男のなんとも人柄が滲む証言だった。

    一方、ヤクザという生き方に懸命に迫ろうしていたのが、関西新聞の若野正太郎さん。銃撃犯たちの素顔も報じた。


    「自分が箸にも棒にもかからんような男が、…ある親分に拾われて可愛がってもらった恩義で『親よりも大事や思う』言うて(抗争に)行きよったのはおるわ。法律よりも、そっちを大事にすんねやな、(親分子分の)関係を…」

    さらに調べていくうちに、こんな記事も見つけた。自分が鉄砲玉になって殺人犯になるのが恐ろしくなり、子どもを道連れに心中したものまでいるという。ヤクザという生き方を決して肯定することはできないが、彼らも同じ人間なのだという思いにかられる取材だった。

    第三の視点の証言者は、そんなヤクザの中でも大物と呼ばれる男たちの生き様をより深く身近で見てきた人だ。長年山口組の顧問弁護士を務め、最後は弁護士資格を剥奪された、山之内幸夫弁護士。


    山之内が語るヤクザたち生々しい素顔は、仰天必至だ。まず竹中と酒の席を共にしたときのエピソード。

    「クラブで飲んでる時に気分が良くなったら女の子を口説くんですけど、普通ならね『なんか物買ってやろか』って言うんですけど、まあ直参クラスなら『家でも、マンションでも買うたろか?』と言うんですけどね、あの人(竹中)は違うんですよ。ガバッと(女の子の)頭をヘッドロックして『お前、誰◯◯◯欲しい?誰でも◯◯◯るぞ』って言うんですよね」(◯の中に入る言葉は想像を絶します)

    山之内をさらに驚かせたのが、やがて山口組ナンバー2となる男の言葉だった。

    「なんでヤクザやってるんですかって話をした時に『男の仕事の中で、命がかかってしまうのはこれ、ヤクザしかない』と。命かかるのが面白いって言ってましたね。…殺されましたけど」

    山之内がそんなヤクザの側に立った理由のひとつが、生い立ちへの同情からだった。そしてヤクザを産むのは社会や環境だと考察しながら、どうすればヤクザがいなくなるのかという質問にはこう答えた。

    「愛情を持ってしつけられた子は、絶対にヤクザにはならないんです。なれないんですよ。そんな性格じゃできない。ヤクザみたいな生活は。愛情を持って子どもをしつければ、世の中、ヤクザって無くなっちまいますよ」

    ヤクザという生き方、暴力団という組織を決して肯定することはできない。それでも番組があえて彼らに目を向けたことで見えてきたことがあるとすれば、それは夕刊フジの記者・鳥居の言葉を借りれば、

    「極めて凝縮された人間の本音、人間社会の本質」

    のようなものかもしれない。元・竹中組の小林さんは取材に応じた理由をこう語った。

    「ありのままを見てもらえばいい」

    担当ディレクター 茂原 雄二(スローハンド)